道明寺天満宮 |
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土師氏の氏神として創建され、のちに一族の子孫である菅原道真公の没後、道真公を主神とした天満宮に改められました。
宝物館には国宝の「伝菅公遺品」を始め、多くの文化財が所蔵されています。また、梅の名所としても名高く、毎年2月から3月に開催される梅まつりには全国から多くの参拝者が訪れます。 |
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道明寺 |
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聖徳太子が尼寺を発願され、7世紀中葉に土師氏の氏寺として建立された土師寺が起源。
当初は天満宮の南側参道付近に位置していましたが石川の洪水で天満宮の境内に移り、さらに明治の神仏分離令によって現在地に移りました。
本尊は国宝「十一面観音立像」で、毎月18日と25日に拝観できます。 |
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允恭天皇陵古墳 |
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国府台地の北端に立地し、5世紀後半に築造された三段築成の古墳で、墳丘長230mの前方後円墳です。
整美な外観は古墳時代中期の代表的な墳形といわれています。
江戸時代までは「市野山」と呼ばれ、綿作が行われていました。後円部の外周は旧長尾街道(大津みち)です。 |
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長持山古墳
出土石棺 |
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阿蘇溶結凝灰岩製の長さ約2m強のくり抜式家型石棺2基が展示されています。
5世紀後半に築造された直径40mの長持山古墳から出土したもので、大阪府の有形文化財に指定されています。
その古墳からは、銅器、鉄剣、甲が出土し、神人画像鏡も出土し、現在ボストン美術館に所蔵されています。 |
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仲姫皇后陵古墳 |
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4世紀後半~5世紀初めの築造とされ、墳丘長290mの大型前方後円墳です。古市古墳群では応神天皇陵古墳に次ぐ大きさを誇ります。
周濠は、幅が狭く深い空堀です。応神天皇の后、仲姫の陵とされていますが、古墳の形態などから応神天皇よりも古い4世紀後半頃の大王陵だとする説もあります。
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古室山古墳 |
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古市古墳群形成期の4世紀後半に築造された墳丘長150mの前方後円墳です。古市古墳群のなかでは、皇陵関係以外としては最大級の大きさです。
台地の高所にあるため、墳頂からは生駒、葛城山系が眺望でき、季節によって梅や桜が楽しめ、市民の憩いの場となっています。 |
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大鳥塚古墳 |
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5世紀前葉の築造で一重の濠を有し、前方部は2段、後円部は3に築成された墳丘長110mの前方後円墳です。葺石の基部には人頭大の川原石が使われており、被葬者は粘土槨に葬れたと考えられています。
円筒埴輪や形象埴輪、2面の鏡・鉄剣・鉄鏃などが出土しています。 |
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応神天皇陵古墳 |
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5世紀前半の古墳で、第15代応神天皇の陵墓と考えられています。墳丘長425m、全長では仁徳天皇陵古墳に次いで全国第2位、体積では全国第1位の規模を誇る前方後円墳です。北側にある陪塚誉田丸山古墳からは国宝「金銅製透彫鞍金具」が出土し、誉田八幡宮に所蔵されています。 |
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アイセル
シュラホール |
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平成6年、船形埴輪と修羅を外観モチーフとして建築された藤井寺市の生涯学習センター。
重要文化財「水鳥埴輪」や「円筒棺墓」を始め、縄文時代から奈良時代に至る貴重な出土品が展示されています。また中国から藤井寺市に寄贈された遣唐留学生「井真成」の墓誌のレプリカも展示されています。 |
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藤本酒造蔵 |
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大正2年の創業。現在、南河内でお酒を造っている2軒のうちの1軒で、長期貯蔵酒を専門に製造しています。
決め手となる良水は敷地内の2本の井戸の水を利用し、山田錦を使った「松花鶴」、そして、遣唐留学生「井真成」にちなんだ新酒「いのまなり」が好評です。 |
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辛國神社 |
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「延喜式」にも記載のある古い歴史をもち、物部の祖先を祀ったことに始まります。
室町時代に河内守護畠山基国が寄進して春日の神を合祀。明治41年には長野神社も合祀され、現在の形になりました。
深い緑に包まれた参道は「大阪みどりの百選」に選ばれています。 |
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葛井寺 |
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7世紀中頃、百済王の系譜を引く辰孫王を祖先とする白猪氏(後の葛井氏)の氏寺として建立。
真言宗御室派で西国三十三ヶ所の第5番札所。
本尊は乾漆造りの国宝「千手千眼十一面観音坐像」で、毎月18日に拝観できます。豊臣秀頼寄進の四脚門は重要文化財に指定されています。 |
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「藤井寺歴史探訪コース」 でした。
気をつけてお帰りください。 |